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この10日間の思い 

東北地方太平洋沖地震が発生して10日が経ちました。

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、被災された方々に心からお見舞いを申しあげます。
福島原発の現場で命がけで闘ってくださっている方々、救援や被災地復興に寝る間も惜しんで活動されている方々、言葉では言い表せない敬意と感謝の気持ちでいっぱいです。
避難所やライフラインの途絶えた環境での生活を余儀なくされていらっしゃる方々全員が、一人残らずお元気で早く元の生活に戻れるよう願っています。
被災後9日目に救出されたお二人の嬉しいニュースも入ってきましたが、まだ瓦礫の下で耐えている一人でも多くの人が助かることを、わずかな望みでもあきらめないでと祈っています。

震災の連絡が最初に入ったのは、夫の携帯からの国際電話でした。
上海から出張の帰り上空で地震のアナウンスがあり、成田にも羽田にも降りれなくなった為、急きょ福岡に降りる事となり、着陸後機内で待機している時、会社にも都内の実家にもどこにも繋がらずこちらに掛けてきました。
幸いにもフランスからはすんなり繋がったので、私から各方面に連絡を取り、まだ機内待機中の夫に連絡するということになりました。
災害時、携帯や固定電話が繋がらなくなった時、回線の違う海外を経由するのは、ひとつ連絡手段としてあるなあと思いました。最近のニュースで衛星電話を利用しているということを耳にするようになりましたが、同じ理由からなのですね。

この日はパリ在住日本人の友人たちから、日本の家族の安否やNHKやTBSの番組がネットでオンタイムに観れるUSTREAMのアドレスなどをすぐに送ってきてくれたり、在仏日本大使館からのメールでなるべく正確な情報を取るようにしていました。
もちろんこちらのニュースでも、トップで大きく時間を割いて報道されています。
日を追うごとにその被害の大きさが明らかになり、一人でいることがいたたまれなくなり、夜な夜な日本人の友人たちと集まっては災害のことを話したり、今少しでも私たちにできることは何だろうということを話したり。

フランスの報道は、第一報は地震と津波による被害の激しさでしたが、原発事故が起きてからはほとんどがこのニュースが中心になりました。フランスは発電量の約75%を原子力に頼る国、この事故の影響や行く末などにはとても敏感になっています。
でも日本人の冷静で忍耐強く勇気のある行動は、どの報道でも伝えられています。
先週バスに乗ったらギュウギュウに混んでいて、「なんなのこの混雑、もっと進んで」「こっちのドアから入ってくる人もいるからムリ」とあちこちで飛び交う声(いつものこと)。そのうちあるマダムが「あ~もうっ、もっと奥に詰めなさいよ。何で日本人のように冷静になれないのよ!」って大声で怒鳴っているのを聞き、ここまで報道は浸透しているのかと思ったりしました。

災害のニュース映像は、日本より多少過激な印象はありますが、フランス人レポーターは東北地方や東京ではなく、大阪からレポートしているというTV局もあります。フランス大使館のHPにも出ていましたが、早い段階から関東圏からの退去勧告が出ていたのでレポートは関西からという訳です。

震災2日後の13日には、パリのノートルダム寺院で日本人の為に祈るというミサが行なわれたり、チャリティバザーやチャリティコンサートの企画が進められていたり、昨日はパリ市庁舎前で祈りとエールを送るキャンドルナイトが行なわれ、みんな静かに集まりました。
ろうそくの灯

義援金送付方法も、いろいろ情報が廻ってきました。
ひとつ驚いたのは、フランスでの納税者だけが対象なのですが、フランス赤十字を通して募金すると75%の税金控除の優遇があります。つまり25ユーロ募金すると、100ユーロとしてフランス赤十字から救援・復興資金に送られるということです。

フランス人の知人・友人たちからもたくさんお見舞いメールをいただきました。
スーパーで買い物をしていても、私が日本人だとわかると買い物をしているお客さんが声をかけてくれたりします。
「ニュースで驚いたけど、家族やお友達は大丈夫だった?」とか。フランス人に日本の状況を伝えることは、募金以外でできることのひとつだと思っているので、こんな時はなるべく色々話します。
昨日はマルシェのおじさんが「悲劇がおきたね。でも日本は大丈夫。必ず復興するから、大丈夫だから。」と言って私の肩をたたいてくれた時は、こらえていたものがあふれました。

この10日間、遠くにいて何もできない歯がゆさや、色々な事を考えて塞ぎがちになったり眠れない日も多くありましたが、同じ思いをしている友人たちと会ったり話したりすることで、もっと私たちが元気でいなくちゃ、しっかりしなくちゃという気持ちに少しずつ変わってきました。
来週には帰国しますが、帰ったらまずは早寝早起き、節電、節水、節ガソリン。できることから始めます。
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モードのパリ 

去年の3月から、半年毎にパリに来るようになりました。
今回もまたパリコレ取材の仕事で1ヵ月の滞在です。

3月1日から始まったファッションウィークも、今日が最終日。
去年3月の初めてのパリコレ仕事、外にいる時間が長く、使い捨てカイロを前後に貼ったり靴専用カイロを使っても凍える寒さだったのに比べ、今年は全日程快晴で寒さも大したことはなく、とても天候に恵まれました。

でも。。。
ディオールのデザイナーであるガリアーノが、ショー開催の3日前に人種差別発言によりディオール社から解雇されるというスキャンダラスな出来事もあり、ショーをそのまま開催するのかどうかが話題になりました。
結局ガリアーノ自身のブランド「JHON GALLIANO」のショーは中止、ディオールのショーは、警察官が多数出動して超厳戒態勢の中、行なわれたのでした。
連日徹夜してショーの準備をしていたであろう多くの関係者やスタッフの気持ちはいかばかりか。。。


さて今回は仕事現場の写真を少々。
ここは世界各国から集まった取材・報道人が集まるプレスセンター(テント)です。
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この中には某カメラメーカーのブースがあり、同じメーカーのカメラであれば、その場で無償で修理やお掃除をしてもらえます。飲料メーカーも数社入っているので、好きな物を自由に飲んだり休憩できたりします。
シャンパンなどのアルコール類もありますが、さすがに仕事中の休憩場所なので、飲んでいる人はあまりみかけません。
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ファッションウィークの9日間、一日約10件ほど、パリの至るところでショーは開催されます。
美術館だったり、特設テントだったり、テニスクラブだったり、修道院だったり。
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今回最も辛かった場所、それは自社のブティック内で行なった某ブランド。
普通の道路に面したブティックなので、一般通行人も多く通る歩道に、取材人や見物客、そこに車で乗り付ける招待客が入り混じり、こんな状態に。
撮影するには、びゅんびゅん車が走る道路に出て撮らなくてはならず、車の事故に遭わないようにひたすら気を付けるのみです。騒ぎを聞きつけて警官が交通整理を始めましたが、時既に遅し。大混乱。
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去年の11月に左岸初の新店舗としてオープンしたばかりのこの老舗ブランド。いつもは別会場で行なうのに今回はきっと、お披露目の意味でここを会場にしたのかなと思われますが、事前に道路使用申請を出すとか、警備員を増員するとか、どうかみんなが危険な目に遭わないようにお願いしたいものです。
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ショーのモデルたちの写真はここでは載せられませんが、売れっ子モデルになると、次の会場までチャーターしたバイクでの移動になります。渋滞にはまって間に合わないことを避ける為、移動は車ではなく運転手付きのバイクです。
前のショーのメイクをしたままメットを被って膝かけをして、ブーンと走って行く姿はスーパーモデルの証し。
去年の3月、無名だったあるモデルに取材をした時は、次のショーも入ってないので時間に余裕もあるし、とても丁寧に答えてくれ、そのままメトロに乗って帰って行った後ろ姿を思い出します。この時、どこか他のモデルと違って一本筋が入っているなあとは思っていましたが、さて今年は。。。
移動はバイク、各ブランドで引っ張りだこのスーパーモデルになっていました。おまけに、もう何か聞いてもつっけんどんだし、そっけなさも一流に昇格(苦)
いえ、超一流になっても好感度のモデルはたくさんいますよ。

今回も新人モデルがたくさん登場しました。
また秋に会った時に、どんなに光っているか、その姿に出会うのが楽しみです。